東京地方裁判所 平成3年(ケ)1518号
物件明細書<省略>
(別紙)
物件(2) の土地(以下「本件土地」という。)及びその地上にある物件(3) の建物(以下「本件建物」という。)につき、前所有者宮内かつが留置権を主張し、小幡一弘がその占有補助者として、本件建物に居住して本件土地・建物を占有しているが、この留置権の主張は正当なものとは認められない。上記の者らに対し、買受人が引渡命令の申立をした場合、認められる可能性が大きい。
このように判断した理由は、以下のとおりである。
1 資料によって認定できる事実
宮内かつは本件土地・建物を所有し、居住していたが、平成元年一一月二八日、株式会社パックス・コーポレーション(本競売事件の債務者兼所有者)にこれを七億五〇二五万円で売る旨の契約をし、平成二年一月八日、同社への所有権移転登記がなされた。申立債権者はその売買契約書を確認の上、同日、パックス・コーポレーションに八億五〇〇〇万円を融資し、本件土地建物に根抵当権(極度額二二億円)の設定を受けた。パックス・コーポレーションは、手付として支払済みの一〇〇〇万円を控除した売買残代金七億四〇二五万円を、申立債権者から借り受けた上記金員で支払った。
宮内かつは、パックス・コーポレーションが金融機関からの借入金によって売買代金を支払うものと認識していた。
宮内かつとパックス・コーポレーションとの間の売買契約書には、次のような約定がある。
(1) 代金額は実測面積によるものとするが、上記代金額は登記簿の表示面積によって定めたものであり、後日実測の上、精算する。
(2) 宮内かつはパックス・コーポレーションに対し、本件土地建物を代金(上記(1) の精算金を含まない。)全額の授受と同時に引き渡す。
(3) 宮内かつは上記引渡の後、平成二年一一月五日までに本件建物からの立退を完了する。
上記(1) の精算金として、パックス・コーポレーションが宮内かつに一八五三万八四八二円を支払う旨の合意が、平成二年一一月五日になされた。
パックス・コーポレーションは、平成二年一二月下旬、倒産した。
宮内かつは平成三年五月三日、他に転居し、その後の管理は、本件建物に同居していた小幡一弘を引き続き居住させることによって行っている。
宮内かつは、精算金の支払を受けるまで本件土地・建物を留置するとして、留置権を主張している。
2 留置権の主張が許されない理由
精算金の支払時期は、契約上定められていない。また、精算金の支払の有無と関係なく、宮内かつは平成二年一一月五日までに本件建物から立ち退く義務を負っていた。つまり、精算金の支払と本件建物からの退去とは、全く無関係に行われることが予定されていたことになる。
申立債権者は、このような契約条項を確認した上で抵当権の設定を受けたのであるから、抵当権の設定を受けた当時、精算金債権を基礎とする留置権の主張がなされる可能性があると予想することはできなかったことになる。
他方、宮内かつは、パックス・コーポレーションが売買代金を金融機関からの借入金で支払うものと認識していたから、所有権移転登記がなされれば、その金融機関に対して抵当権が設定されることも、その際に金融機関が売買契約書を確認することも当然予測できた筈である。すると、その金融機関において、宮内かつから上記留置権の主張がなされる可能性があるとは予想できないこも当然認識できた筈である。
したがって、留置権を主張しようとするのであれば、そのことを抵当権者となるべき者が認識できるように何らかの方策をとるか、あるいは所有権移転登記をしないようにするべきであった。にも拘らず、宮内かつは、何らの方策をとることもなく、単純に所有権移転登記手続に応じたのである。
そうすると、宮内かつは、精算金を基礎として留置権の成立する可能性はないと申立債権者が信頼するような状況を作り出したのであり、申立債権者はこれを信頼して抵当権の設定を受けたことになる。このような場合に、抵当権者(買受人)に対して留置権を主張することは信義に反する。
(裁判官 村上正敏)
別紙 物件目録
(1) 省略
(2) 所在 東京都渋谷区千駄ケ谷三丁目
地番 六番三
地目 宅地
地積 二一七・三八平方メートル
(3) 所在 同所六番地三
家屋番号 六番三の一
種類 居宅
構造 木造瓦葺二階建
床面積 一階 九四・二七平方メートル
二階 四九・一五平方メートル